『会長島耕作』『黄昏流星群』の弘兼憲史先生と、真鍋昌平先生の対談が実現。豊富な取材量に裏打ちされたリアリティと、類型的に陥らない丁寧な人物描写で、真鍋先生が「自分のスタイルの先行者であり、手本」と敬愛する弘兼先生が語る創作の秘密とは。
- 真鍋
- 今日は、先生にいろいろ質問させていただこうと思って来ました。
- 弘兼
- ああ、そうですか、何でしょう。
- 真鍋
- おれ、『人間交差点』(80年〜90年)が好きで、いまでも読み返すんですけど、ところどころにものすごい深い表現が出てくるじゃないですか。たとえば、犯罪を犯した少女が牢屋の中で、テントウムシみたいなかわいい虫をみつけて、外に逃がすのかな?と思って読んでたらグシャッと潰す、とか。ああいうシーンってどうやって考えているんですか?
- 弘兼
- 『人間交差点』は原作に矢島(正雄)さんという方がいらして、どこをどう変えたか忘れちゃったけど、かなりの部分は原作をアレンジして描いていますね。場合によってはラストも変えたりとか。あれは、かなり自由にやらせてもらえました。
原作があるから、自分でストーリーを考えなくていいわけじゃないですか。その分、構図や心理描写に凝ったりね。いまは時間がないので、『人間交差点』ほど凝った構図はあまりできないですけどね。 - 真鍋
- 『黄昏流星群』って、現在までで58巻も続いているのに、話がかぶっていないところがすごいです。どうすればあんなに毎回、クオリティ高い物語が作れるんですか?
- 弘兼
- あれは結構、ヤバいんですよ(笑)。毎回、「次はどうしようか……」って。編集部からも、「今回は、どんなことをやるんだろう?」って期待してる雰囲気が伝わってくるし。
- 真鍋
- 弘兼先生の人間描写って厚みがあるというか、すごく現実味のある描写なので、すごいなあと思いながら毎回読んでいます。
- 弘兼
- いろんな愛の形を描いてきてますからね。とうとう人間だけでなく、ロボットが出てきたりラブドールが出てきたり。この間は、シモの世話をしてあげているお婆ちゃんと男女の中になるというディープな話で(笑)。
- 真鍋
- あんまりストックないんですか?
- 弘兼
- ゼロですね。
- 真鍋
- すごい……。
- 弘兼
- ストックがあった時期もあるんですけど、いまはもう自転車操業というか、次から次へ、倒れないように、と。
ネタの作り方はですね、実際にあった事件に注目して構想することが多いですね。たとえば最近、介護士が殺された事件があったじゃないですか。そういうのを観ながら「なにか裏にドラマあるんじゃないか?」とか考えて作ることが多いですね。 - 真鍋
- じゃあ、あえて取材はせずに、おもに想像でストーリーをつくっていかれる感じですか?
- 弘兼
- 『黄昏流星群』はまったく取材しないです。
- 真鍋
- えっ!? 本当ですか?
- 弘兼
- 取材は『島耕作』(83年〜)のほうでやらなきゃいけないので。そっちに時間食われちゃうんですね。あの作品は、もう情報漫画ですから。そのぶん、『黄昏流星群』は全部、想像です。
- 真鍋
- 『ヤング島耕作』なんて、かなり昔の時代の話ですけど、資料集めだけでも大変じゃないですか?
- 弘兼
- 『ヤング』は大丈夫です。あれは、自分の青春グラフィティですから。
- 真鍋
- あそこまで正確に記憶って残ってるものなんです?
- 弘兼
- もちろん調べたものもありますよ。記憶なんてものは非常に曖昧なものですからね。
- 真鍋
- 取材と資料集めに時間をかける『島耕作』シリーズと、想像だけで描く『黄昏流星群』というふうに、ご自身の中でバランスを取られてるんですね。でも、おれの勝手なイメージなんですけど、先生は社交的な方なので、『黄昏流星群』にも、いろんなひとたちとの交流を記憶をもとに描いてる回もあるんじゃないのかなと思っていたんですけど、そういうこともあまりされないんですか?
- 弘兼
- もちろん、いくらかはありますよ。昔、バブルの頃、銀座に通ってたときに銀座のお姉さん方からきいた、「こんなひどい男がいた」とか「こんなセックスした」という話をアレンジして使ったりね。
マンガ家さんって、ひとと会うのが苦手な方が多いけど、ぼくは数少ない超社交的なマンガ家なんですね。だから、いろんなひとと会って話をすることが好きだし、へんな話、同業者との交流よりも、それ以外の業界の方との交流のほうが多いです。財界人とか政治家とか、めちゃくちゃネタになりますから。 - 真鍋
- 確かに、先生の描かれる政治家とか会社の社長とかって、パターン化されてないオリジナリティのある描き方なのに、めちゃくちゃ説得力というかリアリティがあるように感じるんです。
- 弘兼
- ぼくらの時代でマンガ家になるには、とりあえずどこかの先生のアシスタントになって、あまり他の世界を見ないで、というひとが多かったんですが、ぼくの場合はサラリーマンの世界を経験してからマンガ家になりましたから。そういうことも影響しているのかもしれないですね。
人脈がいちばん広がったのは、『加治隆介の議』(91年〜98年)という政治マンガを描いたときですね。当時、取材した若手議員さんたちが、いまやみんな大臣なんですよ。 - 真鍋
- たとえば政治家から話を聞き出すコツって、なにかありますか?
- 弘兼
- プライベートの飲み会ですね。ワイン会とかしょっちゅうやるので。今日もこのあと、名前言えませんけど官僚系のひとと飲み会があるので、そういうときに情報を集めますね。ただ、あまりにも最新の情報は、十のうち二くらいしか出せないですよね。「これ出すと、このひとにとってあんまりよくないな」と思うものは出さないようにはしています。
- 真鍋
- そういう配慮があるから、みなさん安心してしゃべってくれるんですね。
- 弘兼
- だから、取材のコツは、向こうに信頼を持ってもらうことですね。一回でも「こいつは信用ならないな」と思われたら、二度目はないですから。
- 真鍋
- 恋愛描写もそうですし、たとえば経団連の最新の動きを、ここまで切り込んでエンタメとして描いてる作家って、小説家もジャーナリストも含めて、日本では弘兼先生だけだと思うんです。
- 弘兼
- まあ、「オンリーワンになりたい」という気持ちはありますね。うまいひとはいっぱいいますけど、「このジャンルでは、おれが第一人者かな」と思いたいです。
たまたま、ぼくはいま、企業のトップとか政治家とも話ができる、お酒も飲めるという立場にいます。普通のひとにはあまり経験できないことだと思うんですね。そしたら、せっかくそういうことができる立場にいる以上、情報公開じゃないけれども、描ける範囲でそれを描きたい、こんなことをしてこんなことを考えているということを知らせたいという気持ちはあるんですね。 - 真鍋
- おれも、いつか弘兼先生のようなオンリーワンの作家になれるよう、これからも精進していきます。今日は長時間にわたって貴重なお話をきかせていただき、本当にありがとうございました。
弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業勤務を経て1974年に『風薫る』でデビュー。主な代表作に『人間交差点』(原作:矢島正雄)、『課長 島耕作』、『加治隆介の議』、『黄昏流星群』など多数。2007年紫綬褒章を受章。
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